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大津地方裁判所 昭和34年(ワ)9号 判決 1961年1月26日

原告(反訴被告) 国

被告(反訴原告) 加藤泰賢

主文

被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し大津市山中町一〇四一番地原野一町三反三畝一〇歩につき大津地方法務局昭和三一年一一月一六日受付第四二九九号所有権移転登記の抹消登記手続をなすべし。

原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し金二万円およびこれに対する昭和三四年一月一四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中本訴につき生じた分は被告(反訴原告)の負担とし、反訴につき生じた分はこれを五〇分しその一を原告(反訴被告)の負担としその余は被告(反訴原告)の負担とする。

事実

原告(反訴被告、以下単に原告と称す)指定代理人は本訴につき主文第一項と同旨の判決を求め、その請求原因として、

大津市山中町一〇四一番地原野一町三反三畝一〇歩(以下本件土地と称す)は元訴外若代久太郎外五三六名の所有であつたが自作農創設のため昭和二三年三月二日旧自作農創設特別措置法(以下単に自創法と称す)第三〇条の規定により買収し、次いで昭和二四年八月一日同法第四一条の規定により訴外青木市次に売渡したものであつて、青木市次は専らこれを開墾して農地に供しなければならないところ、昭和二九年一一月三日原告の開墾成功検査実施の時期において一部開墾未了のため検査不合格となつた。かかる場合原告は農地法第七二条の規定により本件土地の買戻をなすべきものであるが、一時買戻を宥恕し、青木市次をして開墾を継続せしめたが、昭和三二年四月二六日再検査を実施したところ、青木市次は開墾を継続せず、売渡通知書に記載された農地の用途にみずから供することをやめ、農林大臣の許可を受けずしてこれを被告(反訴原告、以下単に被告と称す)に昭和三一年一一月一五日売買を原因として翌一六日大津地方法務局受付第四二九九号をもつて所有権移転登記を了していることを発見した。そこで原告は農地法第七二条第一項第三号、同法施行法第一二条の規定により昭和三二年七月一五日本件土地を買収処分をなした。よつて原告は所有権に基き被告の前記無効の登記の抹消登記手続を求めるため本訴に及ぶ。

と述べた。

被告訴訟代理人は原告の請求棄却の判決を求め、答弁として、

本件土地を原告が自創法の規定により買収してこれを青木市次に売渡し、更に同人より原告が買収した事実は知らない。仮に右事実のとおりであるとしても原告が青木市次に対してなした買収処分は違法である。即ち、原告は本件買収処分の理由を、青木市次が昭和三二年四月二六日の検査期日前に本件土地を売渡通知書に記載された用途にみずから供することをやめていたことによるものと主張するが、青木市次は病気入院のため留守を父菊一に委ねただけであつて、諸検査には合格しており、原告主張の如く右検査期日以前に耕作をやめた事実はない。病気により耕作にみずから手を下すことがなくてもこれは不可抗力であり、農地法第七二条第一項第三号の農地に「みずから供すること」をやめたことにならないから、本件買収処分はその理由がなく不適法といわなければならない。被告が本件土地の所有権を取得するについて農林大臣の許可を受けなかつた事実は認めるが、原告の買収処分は違法で本件土地の所有権を取得しないから、所有権に基く本訴請求は失当である。

と述べた。

次に被告は反訴につき、「原告は被告に対し一〇一万円および之に対する昭和三四年一月一四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

被告は昭和三一年一一月一〇日頃訴外株式会社主枝商店との間に、右訴外会社に対しタチヒ電機洗濯機五五台を代価一台につき一万八、〇〇〇円合計九九万円で売渡すこと、右代金債務の担保として青木市次所有の本件土地の所有権を売主たる被告に移転しその登記をなすこと、被告は右登記済後三十日以内に右売買の目的物たる商品を訴外会社に納入すること、代金支払期限を納品完了後九十日目とする旨約定した。訴外会社は右約旨に従い本件土地の権利証、青木市次の印鑑証明書、白紙委任状を被告に交付し、被告は司法書士に依頼して所有権移転登記申請をなし同月一六日登記済となつた。よつて被告は訴外会社に対し洗濯機五五台の出荷を開始し同年一二月八日完納した。しかるに右代金九九万円は支払期限を経過するも支払われないので、被告は本件土地の所有権を確定的に取得した。

被告が本件土地の所有権取得登記を経たにもかかわらず、原告主張のとおり右所有権取得が無効であるとすれば、既に洗濯機の買主たる訴外会社は行方不明であつて代金の回収が不能である以上、代金九九万円は被告の損害となる。ところで被告が洗濯機五五台を訴外会社に引渡したのは本件土地の所有権移転登記がなされ有効に売渡担保として提供を受けたと信じたからである。ところが本件土地は売渡開墾農地であつてその処分には農林大臣の許可を要し、右許可を証する書面が登記申請に際し提出されねばならないのに大津地方法務局の登記官吏は過失によりこれを看過し登記申請を受理して登記を了したのである。この場合登記官吏は不動産登記法第三五条第一項第四号に規定する書面の提出なきものとして同法第四九条第八号の規定により登記申請を却下すべきものであるのに右申請を受理したのは登記官吏の審査義務違反である。

もし登記官吏が農林大臣の許可を証する書面のないことを発見して登記申請を却下していたとせば被告は前記洗濯機を引渡す筈はなかつたのである。登記官吏の登記済証の交付があれば登記権利者は対世的にも権利移転を完了したと信ずるのが通例である。従つてもし被告への本件土地の移転登記が許されないものということになれば洗濯機五五台の相当価格九九万円、登録税等登記費用約一万円および登記官吏の不当処分に基因する本訴請求に対し応訴のための弁護士費用一万円合計一〇一万円は登記官吏が右の法意義務を怠つた過失による損害というべきである。而して本件土地が農地でないとすれば昭和三一年頃において時価一〇〇万円相当のものであるから、右一〇一万円の損害は通常の損害であり、仮に然らずとしても過失を犯した登記官吏において予見しないしは予見し得べかりしものであつた。登記官吏の右過失による登記申請受理、登記済証交付の行為は国家賠償法第一条第一項の公権力行使にあたる公務員がその職務執行について過失により違法に被告に損害を加えたものであるから、被告は原告に対し右法条に基き右損害金並にこれに対するその請求の翌日である昭和三四年一月一四日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

と述べた。

原告指定代理人は被告の反訴請求棄却の判決を求め、答弁として、大津地方法務局登記官吏が青木市次と被告間の本件土地所有権移転についての農林大臣の許可を証する書面の添付なくして所有権移転登記申請を受理してその登記をなしたことは認めるが、本件土地は自創法の規定により原告が買収しこれを青木市次に売渡した未墾地であつて、その所有権その他特定の権利の移転、設定については農林大臣の許可がなければその効力を生じないところ、被告が右許可を受けずして譲渡を受けたことは被告の認めるところであるから、譲渡の効力を生ぜずこの効力を生じない譲渡を原因として所有権移転登記申請をなし、登記官吏は右許可の有無を看過して登記をなしたに過ぎない。登記官吏は登記申請に関する審査において必要な書類が提出されているかどうかを外面上で検討すれば足りるものであるところ、本件土地は売渡農地であるから農林大臣の許可を証する書面の提出がなければその移転登記をなすべきではないのであるが、本件土地の地目が原野となつていたことから当該登記官吏は外面上の審査義務のもとで右書類の欠缺を発見できずに登記を実施したものであつて、右登記官吏の行為に義務違反(過失)はないというべきである。

登記は当事者間の権利関係の変動を第三者に対抗し得るための公示方法に過ぎず、これによつて新な権利義務を設定するものではない。従つて被告が訴外株式会社主枝商店との商品売買取引に当つて本件土地を譲渡担保として提供を受けたとしても、その譲渡は効力を生じないから、それによつて被告が商品代金回収上損害を蒙つてもそれは被告自らがなした無効な譲渡担保契約に基因するものであつて仮に所有権移転登記をなしたことに登記官吏の過失があつたとしても、右過失による登記申請受理行為が被告に損害発生の法律上の原因とはならない。即ち被告主張の損害発生と登記官吏の過失との間には相当因果関係はない。

なお、被告は前記訴外会社とは以前から相当額の取引を継続しており、昭和三一年一一月一〇日頃本件土地の権利証等登記関係書類を受取つたことによりこれを担保として洗濯機の売買契約を結びその履行をしているのである。そうすると被告は取引の相手方の信用状況を信頼し右権利証等と引換えに右商品を引渡しているのであつて特に登記の実施を信頼して商品を引渡したという関係は存在しない。そのことは本件登記を了したのは右商品売買契約の五日後であることからも明らかであつて、被告の損害と登記の実施との間に相当因果関係はない。

仮に原告に賠償義務があるとしても、被告が本件土地を農林大臣の許可を必要としないで取得できると考えたこと、また本件土地の所有者青木市次の無権代理人青木良三の欺罔に乗じて充分な調査をしないまま取引をしたものであるから、被告が損害を蒙つたことについて被告自身重大な過失があつたことは否定できず、原告の賠償義務は免除されるかそうでなくても賠償額が大半相殺さるべきものである。なお被告が売掛代金債権を損害というのならその債権は登記実施以前の売買契約によつて発生しているから登記実施とは全く関係がなく、引渡した商品そのものを損害というのなら商品の価額に売買利益を含んでいる売掛債権額(販売価額)を引渡した物の実損害額とするのは失当である。

と述べた。

原告指定代理人は立証として甲第一号証乃至第四号証を提出し、証人青木市次、同青木菊一の各証言を援用し、乙第一号証は不知

と述べた。

被告訴訟代理人は立証として乙第一号証を提出し、証人青木良三、同北上登司男の各証言及び被告本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

第一、本訴に対する判断

被告が主文第一項掲記の本件土地を所有者訴外青木市次との昭和三一年一一月一五日売買を原因として翌一六日所有権移転登記を為したことは当事者間に争がない。ところで、成立に争のない甲第二、第三号証によれば本件土地は自創法第四一条の規定により原告が昭和二四年八月一日青木市次に売渡した未墾地であることが認められるところ、このように国から売渡を受けた未墾地は農地法第七三条同法施行法第一二条の規定により売渡の時期から起算して八年を経過する前に之を第三者に譲渡するには農林大臣の許可を要し、許可を受けずに為した譲渡は無効である。然るに被告が本件土地の譲渡を受けたのは青木市次が国から売渡を受けた時期から起算して八年を経過する以前であることが明瞭であるから、右譲渡は効力を生じないものである。

然るところ成立に争のない甲第一、第四号証によれば原告は農地法第七二条の規定により昭和三二年七月一五日本件土地を青木市次から買収した事実が認められる。而して原告の主張するところによれば、青木市次が本件土地を売渡通知書に記載された用途にみずから供することをやめたから、前記法条第一項第三号の規定に基き買収処分をしたというのであるが、被告は、青木市次は病気のためみずから耕作することができなかつたに過ぎず、これは不可抗力であつて右法条にいう所定の用途にみずから供することをやめた場合に該当しないから、原告の右買収処分は違法であると抗争する。しかしながら、証人青木市次の証言によれば、同人は昭和二九年頃病気で約一年間入院し、退院後会社に勤めているうち病気が再発し、自宅療養、入院加療等を続け、現在は京都市内の商店に勤務しており、昭和二九年頃から本件土地を農地開墾の用途にみずから供することをやめている事実が認められるから、原告が同人から本件土地を買収し得る前記法条の要件を満すものと言える。

もつとも、前顕証人および証人青木菊一の証言により、青木市次は前認定のとおり本件土地の開墾に従事していないが、その父親等が開墾を行つていたことが認められるから、仮にそのような場合は被告主張のように前記法条に規定する買収の要件に該当するものではないとする見解に立つとしても、原告のなした右買収処分の違法は、絶対無効ではなく、取消事由に該当するものと解すべきであるから、買収処分を受けた青木市次が訴によつて右処分の取消または変更を求めるのは格別、被告が本訴において抗弁としてその違法を主張して買収処分の効力を否定することはできない筋合である。よつて以上いずれにしても被告の抗弁は理由がない。

そして、農地法第七二条、同法施行法第一二条の規定により国が買収し得るのは売渡をした時期から八年を経過する以前たることを要するものなるところ、前認定の事実からみて原告の買収は右法定の期間内であることが明らかであるから、本件土地は原告の所有に帰したものといわねばならない。してみれば、青木市次と被告間の売買を原因とする所有権移転登記は、前認定のとおり登記原因たる売買が無効である以上、原因を缺く無効のものであるから、原告が本件土地の所有権に基き被告に対し右所有権移転登記の抹消登記手続を求める本訴請求は正当である。

第二、反訴に対する判断

被告は他との商取引上の債権を担保する目的で本件土地の所有権の譲渡を受けて所有権移転登記申請をなし、大津地方法務局登記官吏は右申請を受理して登記を完了したのであるが、右所有権の移転には農林大臣の許可を必要とするならば、右登記官吏はその許可を証する書面の提出がなければ右登記申請を却下すべきものであるのにこれを受理して登記を了したのは登記官吏の過失であり、右所有権移転登記を有効なりと信じたがために被告の蒙つた損害は、国家賠償法の規定により原告に賠償責任があると主張する。そして原告は登記官吏が本件土地の譲渡の許可を証する書面の提出なくして所有権移転登記申請を受理したことは認めるが、登記官吏は形式的審査義務があるに過ぎず、本件土地は地目が原野となつているので、譲渡の許可を証する書面の提出なくして登記申請を受理したもので、登記官吏に過失はないと主張するから、先づ右登記官吏の過失の有無について判断する。

我が不動産登記法上登記申請に関する登記官吏の審査義務は、いわゆる形式的審査主義を採るものであることは異論のないところである。即ち事件がその登記所の管轄に属するかどうか、登記すべきものでないかどうか、申請書が法定の方式に適合するかどうか、必要な書面の提出があるかどうか等不動産登記法第四九条に規定する却下事由の存否を形式的に審査すれば足るものであつて、登記原因をなす実体的権利関係の変動の効力まで審査する権限も義務もないことは原告主張のとおりである。しかし、前顕甲第二号証によれば本件土地は地目が原野となつているが、登記簿上自創法の規定により政府が青木市次に売渡したものであることが記載されておるから、登記官吏は登記簿を一見することにより本件土地の譲渡には農林大臣の許可を必要とするものであることを知り得た筈であり、従つて右申請があつた場合に同法第三五条第一項第四号に規定する書面の提出の有無を審査するのは登記官吏として当然の義務に属するものである。しかるに農林大臣の許可を証する書面の提出なくして本件土地の所有権移転登記申請を受理してその登記をなしたのは、登記簿を精査することを怠つて本件土地が政府が売渡した開墾地であることに気付かなかつたか、あるいはそれを知つていたとしても譲渡につき許可を証する書面の提出が必要なことを失念したか、そのいずれかとみるの外なく、登記官吏は審査義務に違背して、却下すべき申請を受理した過失があるものといわねばならない。

よつて進んで被告の主張する損害並にそれに対する原告の賠償義務の有無について判断する。

被告は、訴外株式会社主枝商店に電機洗濯機五五台を売渡す契約をなし、右代金九九万円の債権の担保として本件土地の譲渡を受け、その所有権移転登記申請をしたところ、受理されて登記が完了したので、右登記は有効に為されたものと信じて右商品全部を引渡したのであるが、右代金の回収は不能の実状にあり、その損害は登記官吏が却下すべき右登記申請を過失により受理して無効の登記をなしたことに因るものであるから、原告は被告の蒙つた九九万円の損害を賠償すべきものであると主張する。証人青木良三、同北上登司男、同青木市次、同青木菊一の各証言と被告本人尋問の結果および同尋問の結果により成立の認められる乙第一号証を綜合すると、本件土地の所有者青木市次の実兄青木良三は市次が病気で入院中に無断で本件土地を担保に金融を受けようと考え、菅田某、西井久雄を介して田辺良太郎、北上登司男等に約三十万円の融通方を依頼したが、結局商品を買入れて之を売却して現金化することとなり、本件土地の権利証と青木良三が勝手に調えた市次の印鑑証明書、委任状を右田辺に渡し、田辺が訴外株式会社主枝商店と交渉して右北上、田辺等が主宰する三盛株式会社を買主として右商店から電機洗濯機三〇台を購入する契約が成立し、右権利証等の書類を右商店に交付したこと、主枝商店は更に本件土地を担保に従前取引のあつた被告から同洗濯機五五台を一台一万八、〇〇〇円合計代金九九万円、引渡後九〇日払で購入する契約をなし、右権利証等を被告に渡し、被告は本件土地を右代金債権に対する売渡担保として昭和三一年一一月一六日所有権移転登記をなし、同年一二月八日までに五五台全部を主枝商店に引渡したこと、主枝商店は契約どおり三〇台を前記買主に渡し、青木良三やその他前記仲介者数名で分散処分したが主枝商店に対し代金の支払を為さず、主枝商店もまた被告に対し五五台分の代金の支払をしていない事実を認めることができる。

右事実からみると青木良三は所有者青木市次に無断で本件土地を担保に供したものであつて、その点からみて右所有権移転は無効と言えるが、それはさて措いて本件土地の譲渡は農林大臣の許可がなければ無効であるから、たとえ担保の目的にせよ被告はその所有権を取得するに由ないものであり、仮に被告のいうとおり前記の売買代金の回収が不能であるとしても、その損害は売渡担保契約による所有権移転が無効であることに因るものである。また仮に所有権移転登記が有効なりと信じて商品を引渡したとしても、元来登記に公信力はないから無効の所有権移転が登記によつて有効となる訳のものではなく、右登記の無効は登記原因たる売買(売渡担保)が無効だからであつて、登記官吏が農林大臣の許可を証する書面の提出がないにもかかわらず過失により登記申請を受理して登記を実行したといういわば登記申請の形式的要件を具備しなかつたがためではない。即ち登記官吏の過失と被告のいう損害との間には因果関係がないものというべく、被告が原告に対し右損害の賠償を求めるのは理由がない。

次に被告は本件土地の所有権移転登記申請に関し要した登録税等の費用一万円と本件応訴のため弁護士に支払つた費用一万円を右登記官吏の過失によつて生じた損害と主張するところ、右登記申請に要した費用は、元来登記官吏が却下すべきであるのに過失によつて受理したがために要した費用であるから当然原告にその賠償義務がある。本件応訴のため被告が弁護士に支払つた費用について考えるに一般に訴訟の提起が不法行為とみられる程不法不当でない限り、応訴のため弁護士に支払つた費用の賠償を相手方に請求する権利はないものと解するが、本件においては既に判示したとおり、原告の本訴請求は理由があるけれども、国の機関たる登記官吏がみずからの過失により無効の登記を実行し、後にこれを無効として被告に対しその抹消登記を求めるものであつて、本訴の提起はいわば全く自己の責に帰すべき事由により生じた不当の結果を回復するためのものであるから、被告が本件応訴のため弁護士に支払つた費用が相当額と認められる限り、原告にその賠償義務があるものといわねばならない。然るところ、被告本人尋問の結果によれば被告は前記登記申請につき登録税、司法書士の代書手数料等に一万円を支払い、弁護士に対し本件応訴のためにまた一万円を支払つたことが認められ、右弁護士費用は本件につき相当額と認むべきものであるから、原告は被告に対し右合計二万円を賠償すべきものである。なお原告は、原告に賠償義務ありとするも過失相殺さるべきものと主張するが、仮に被告に本件土地の譲渡が有効なりと信じたことに過失ありとするも、登記官吏の前記過失と対比して右損害賠償の額を定めるにつきこれを斟酌しないのが相当と考える。

以上のとおり原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求は二万円および右金員請求の準備書面が口頭弁論で陳述された翌日であることが記録上明らかである昭和三四年一月一四日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、仮執行の宣言は必要なきものと認め之を却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三上修)

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